大工道具に生きる

0875(25)4468
  大工棟梁 香川量平
(ちょうな)の話(3)

著者の釿

 古い昔から大工の三宝といわれる釿の柄にま つわる話がつづきます。
 江戸時代の中頃に書き表された「和漢三才図 会」の百工具の項に「按ずるに釿は手斧なり。 また小釿あり、片手をもって木をはつる。柄は (にれ)をもって上となす。(えんじゅ)(けやき)これにつぐ。」と 書き表されています。ここに書き表されている 楡は「ハルニレ」のことで今も東北地方や北海 道に多く育っています。アイヌ語でハルニレを 「チキサニ」と呼んでいます。


台湾の高砂族
火おこし




古代人の火おこし

この意味は「自 分たちが火を作り出す」ということで、アイヌ の民話にハルニレの女神が雷神の子を宿すとい う面自い話があります。この民話ではハルニレ が発火材であることを語っています。昔、アイ ヌの人々はこの木で火きり杵と火きり臼を使っ て火を起していたのです。
 大阪の医者であった寺島良安は、釿の柄はハ ルニレが最高であると説明していますが、木の 性質をよく知っていたのでしょうか。古老の大 工から楡の木は釿の柄には不向だと聞いたこと があります。長時間使用すると掌の中が焼けて くると言うのです。「錐の柄は桧を使うな」と いう昔からの大工言葉がありますがこれと同じ で、錐の柄には朴の木が使われています。桧は 掌が焼けるのです。
 欅も釿の柄として私の親方が使っていたこと がありましたが、木が掌の汗を退かず、手に与 える衝撃がきつく、掌の中が焼けてくるので、 弟子たちは誰もが使いませんでした。欅という名 前の由来は「木の杢目が大変に美しいので、けや けき木(美しくて尊い木)」と呼んでいたのが欅 という呼び名になったそうです。古い昔に(つき)と 呼んでいました。今もいい欅を「こつき欅」と呼 び、悪い欅を「石げやき」と呼んでいます。楡や 欅がなぜ釿の柄として使われたのかと古老の大工 に聞いてみると、釿の柄を直角に曲げるのに、農 家の堆肥の中に三ケ月程入れ、堆肥の熱で木が大 変に柔らかくなった頃、弟子たちに手伝わせて直 角に曲げ、葛で縛って乾燥させて作っていた。楡 や欅は柄を直角に曲げるのが意外とたやすかった からでなかったのか、と古老の大工が答えてくれ ました。欅の木は熱すると大変に柔らかくなる性 質を持ち合わせているのです。欅材で作る大きな 木枠などのホゾ差しの折には、ホゾをトーチラン プなどで温め、柔らかくしてホゾ穴に打ち込む と、うまい具合に組み合わすことができるので す。
 「ゆすらの木」を釿の柄として使っている大工 がいますが調子は上々とのことです。徳島県「祖 谷のかずら橋」かけ替え工事の折に、釿の柄に最 適のかずらが残っていたのを知人の大工がもらい 受け、釿の柄に仕込み、今も使っています。釿の 柄にはいろいろとありますが、何といっても槐の 木(芯持ちの若木材)が最高です。しかし購 入する折には握り手のところが約一寸丸(径)で あること、柄の天端の曲がりも約一寸径のものを選 ぶのが大切です。槐の木は木材をはつった折、手に与える 衝撃が大変に少なく、掌の汗を吸収してくれ、長時間使っ ても手はやけず、掌に「マメ」もあまりできません。しか し釿はつりの仕事は油断が禁物ですし、大変な重労働であ るため、体調をととのえてかからなければなりません。


沖の島への上陸と同時に全裸の禊をしなければならない
青木久雄撮影

 香川県木田郡牟礼町の櫻制作所に勤める椅子作りの名人 で、削ろう会の会員である安森弘昌君から、槐の木にまつ わる伝説話を聞きました。玄界灘に浮ぶ孤島「沖の島」今 も女人禁制。島の氏神である宗像大社で奥津宮の祭事を司 る神官も、上陸するには全裸で沖の島の冷たい海水で(みそぎ)を 払わねばならないのです。島の祭神は「田心姫」「端津 姫」「市杵島姫」の三女神で、島から一木一草なりとも持 ち出すことができないという神の掟がこの島に言い伝えら れています。


右:舟大工釿
左:家大工釿

 昔、この掟を知らない漁師の一行が、海水でを禊を払い参 拝して下山の途中、一人の船大工が釿の柄にしようと槐の 木を持ち帰ろうと船に乗りました。しかし船は島をぐるぐ る回るだけで一向に帰路が定まりません。掟を知る船頭が 大声で「この中に誰か島から何かを持ち出そうとしていな いか」と問い質すと、一人の船大工が「釿の柄にしようと 槐の木を持っている」と言ったので船頭は島に引返し、槐 の木をもとに返させたら、不思議に船は陸地に向け何事も なかったように進んだ、というのが沖の島にまつわる伝説 話です。また沖の島を「海の正倉院」とも呼びます。それ は、古い昔から何一つとして島から持ち出すことができな い神聖な神の掟があるため、古代の遺物が今も数多く眠っ ているからです。
 安森君は、神の島と釿と槐の木、何か神秘的な共通点があ るのではないかと言っています。槐の木を古い昔には「コ ヤスノキ」と呼んでいました。槐の木を安産のお守りとし たのは、古い昔、神功皇后が應神(おうじん)天皇をはらみ、皇后が新 羅、高麗、百済の三国と戦って帰る途中「うみの宮」の槐 の木にとりすがって無事に應神天皇を産んだという伝説話 があるからです。
 我が国では槐の木を「延寿」に読み替えて「出世して大 金持ちとなり、大変に長生きできるというおめでたい木で あるので、自分の家の庭先に植えなさいと植木職人は奨め ます。
 槐は初夏に美しい黄白色の花を咲かせ、夏の暑さを忘れ させてくれます。(つぼみ)は「槐花(かいか)」と呼び、ケルセチン配糖体 の一つである「ルチン」を含み、毛細血管のもろくなるの を防ぎ、脳出血の予防薬になると昔から言われています。 中国では「塊花」を煎じて、布や紙の染料にも使っていた といわれます。また花は乾燥して止血剤に使っています。 秋には数珠玉のような実をつけますが、この実を「槐子」 といって熱病や破傷風の漢方薬として今も中国では広く 利用されてます。また材は釿の柄を始めとし諸工具の 柄や、家具、建築材として巾広い用途を持っています。 蕾、花、実、材と古い昔から人間に大変役立っていると ころから、槐の木は「実用六木」の一つに数えられてい ます。
 中国では、槐樹と書き、ホエスウーと呼び、北京の一 番賑やかな「王府井」の大通りに街路樹として植えられ ています。槐の木は大変に美しい樹形をたもつのが有名 です。今も市民や観光客の目を楽しませてくれていま す。以上が釿の柄に最高の槐にまつわる話でした。


釿を使う著者

 釿には両刃と片刃がありますが、家大工が使う釿は両 刃で、刃幅が約三寸二分から三寸六分まであり、刃先は 耳と呼ばれる両角から刃先の真中にかけて約一分五厘ほ ど丸く出っ張って蛤刃となっている方が、釿うちには良 好です。柄は槐の木を使い、柄の長さは使い手の身長に よって差があります。柄の曲っている側を自分の脇下に あてて、柄の先が自分の掌の中におさまるのが長さの定 寸であります。
 昔から言い伝えられている釿の高さに「七寸上りの四 分こごみ」という言葉があります。昔の大工は身長が低 かったのでしょうか、現在は身長がのびているので、七 寸五分上りの四分こごみ程度が良いと思います。釿を刃 先を下にして立てて、水平面から釿の柄の曲った上端ま で約7七寸五分あれば良いのです。こごみは水平面に指金 を(ひつ)角にあて、そこから刃先までが四分あれば良いとい うことです。釿の櫃に打ち込む(くさび)(かし)の木が良いと昔か らいわれていますが、私は本皮のベルトを切断して仕込 みますと、仕込の柄の部分が痛まず、水をすこし含ませる と決して刃が抜けることがありません。
 昔の釿は櫃に仕込んだ柄の部分をアリ状にとり、樫の 楔でうちかためていました。釿の刃を抜き取ると時は、木 槌で柄の曲がった内側を軽くたたくと簡単に抜き取ること ができます。素人が釿の柄を抜きとるのに櫃の角をハン マーでたたいて抜こうとしているのを見たことがありま した。大切な釿の櫃が変形してひどく痛むので、決して このような抜き方はしないよう慎むべきです。
 私が弟子の頃には釿を横にたおし、柄を足でおさえ釿 刃の側面で(かんな)の裏出しを良く行っていましたが大変にむ つかしくて、親方でも鉋刃を割ることがありました。