大工道具に生きる / 香川 量平
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108建築などに見られる「絵番付」は絵柄や○印や△印の記号を付したもの同士の部材を組合せるという番付方法である。現在では「いろは組合せ番付」を略して「いろは番付」が主流となっている。いろは番付というのは右下より上に向って「いろはにほへと」と書いていく、そして右下から左に向って「一二三四五」と数字を書いていく方法である。「いノ一」と言えば、いの通りと一の通りが交差したところが「いノ一」となる。しかし、この番付方法は地方によって異るが、四国ではこの方法が今も使われる。 「おたから、いりくるところ」という変った番付が昔、あった。私の知人で、古老の大工が自分の住宅を建てようと仕事にかかったものの途中で体調を崩し、後の大工仕事を私に依頼してきたのであった。現場に行ってみると、小屋廻りの仕事は大体終っていたが桁廻りと柱廻りの仕事が残っていた。「板図面」を見ると「いろは番付」ではなく、なんと「おたからいりくるところ」という変り番付であった。表からお宝が入ってくるので、裏通りには窓が開けられず暗い間取となっていた。しかし、先々で裏通に窓を開けるだろうと思い、桁の継手を交し、柱にヌキ穴などの傷ができないように「才壁」という昔の技法を用いた。才壁というのは、先々で窓を開ける可能性があるところの柱には貫穴や間渡し穴は掘らず、別材の1寸角の一面に、これらの穴を掘り付け、その柱に取付けて、先々で窓を開けた時には、この1寸角を外すと柱面に傷なしの面が表われるというものである。 大工は板図面に書き付けた「いろは番付」を頼りに柱1本、1本に名付を行なっていくのであるが「いノ一」と名付けた柱は、人間と同様「い」が苗字で「一」が名前である。今も田舎の大きな家では桧の4寸角の柱が使用されるが、和室の座敷まわりの柱には「色もの」と呼ぶ無節の柱が使用される。1本の柱には12面のつらがある。正面、裏面、右面、左面の4面と、その柱の壁散りと呼ぶ面が8面あり計12面となる。柱の番付にはこれらの面を良く見て、小さな節、割れ、虫穴、柱面の色合いや杢目など、すこしの欠点も見逃してはならない。 私の親方は美しい無節の柱を美人に喩えて番付を行っていた。「超美人」といえば四方無節の柱をいい、上美人といえば三方無節で、中美人といえば二方無節で、唯の美人といえば一方無節であると表現した。また、小節の柱は並と呼び、節の多い柱は「ブス」と呼んだ。しかし、節の多い柱の中には壁散りが使える柱があるので、その柱を田舎娘といった。そして柱の選別と名付には、美しい面のみでなく柱の曲り癖など、先々が見通せなければならない。柱の呼び名を美人扱いにしたのは、職人衆が柱の取扱いを丁寧にするからだともいった。しかし、大工の見習い中には柱の取扱は大変に厳しかった。すこしの擦傷でも起したら大変なことだ。「お前のその手の傷は治るが、柱の疵はもう治らないのだ」と怒鳴り散らすのである。大工の見習中は誰もが耳に「胼たこ胝」ができる程、この怒鳴り声を聞かされている。 尺杖は良く乾燥した桧の無節で真直ぐな1寸2分角の2間ものが最良とされている。尺杖の一面には、尺の目盛を書き付けるのであるが、四国地方では1尺、2尺とは書き付けず、1号、2号と書く。その理由は訳がある。昔、「尺」の古字を「さか」と呼んでいた、その当時の大工の棟梁たちは、その「さか」と呼ぶ言葉を大変に嫌った。逆さまに通じ、凶であると考えたのであろう。そして大切な尺杖であるため、尺という文字は使わず、号という文字を使い1号から13号迄を書く。そして、本京間と呼ぶ寸法の3尺2寸5分、6尺5寸、9尺7寸5分、13尺の4つの目盛の合印を、その中に書き付ける。 その4つの合印を「立りゅうご鼓」と呼ぶ、その形が「つづみ」に似ているところから、この呼び名がある。立鼓と呼ぶ合印の形は  このような印である。昔、このような印がどうして出来たのかと親方に聞いたことがある。親方は「この立鼓と呼ぶ合印は〈にじり墨〉からできたものだ」と言った。「にじり墨」の合印とは  このような形で、右側の墨線が正確な墨であることを無言で指示している。また、左側の墨線が正確であることを指示している「にじり墨」は  このような形であるが、右側でもなく、左側でもない中央部の墨線が立鼓という合印に変化していったのであろう。また芯墨に  このような合印があるが、これも「にじり墨」から出たもので、右側でもなく、左側でもなく、中央の墨線が芯墨であるという意味を含んでいる。 そして尺杖の右面には矩かなばかり計の施工位置の原寸を書き付ける。土台から、根太、板場、敷居、畳、鴨居、長押、ランマ敷カモイ、天井廻縁、ヌキ穴と間渡穴、下げみず水、タルキ掛水、本ほんみず水などの合印を正確に現寸の通り書き付け、「一階之部」と年号、施主名も書く。「二階之部」は尺杖の左側に階下と同様、現寸で矩計の位置を書く。尺杖の最後の一面には「タルキ割」を現寸で書いておく。1間(6尺5寸)の間に6本のタルキを打つことを「送り6本」と呼ぶ。タルキの間隔は、この場合、尺8分である。また1間(6尺5寸)に7本のタルキ

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