『建築徒然草』の著者山片三郎氏は次のように述べている。 「天星尺」は主として門、墓、床の間などの枢要なものの幅や長さを定めるために、その吉、凶を示すもので、中国の周の時代に魯の国の魯般という名匠の創案によるものと伝えられ、別名、魯般尺、北斗尺、門尺、門明尺、唐尺などと呼ばれている。天星尺は一目盛が四.五センチ間隔で上の方から「財、病、離、義、官、劫、害、吉」の八文字が彫りこまれている。この天星尺で測ったとき、最後の端が、もしも「財」のところになれば、その長さは福徳、財宝の吉の寸法ということになる。 「財、病、離、義、官、劫、害、吉」の目盛の意義の解説は長文になるため、その概要のみを記述する。 財、ザイ、タカラ(吉)、福徳、財宝、天富星 この寸に当れば常に宝多く、富貴する也。 病、ビョウ、ヤマイ(凶)、絶命、病気、天疾星 この寸に当れば常に病人多く、悪き寸也。 離、リ、ハナル(凶)、禍害、離散、天逃星 この寸に当れば親に離れ、子、家、田畑失う 義、ギ、サイワイ(吉)、遊年、義快、天順星 この寸に当れば繁昌し喜び多く全て成就する。 官、カン、ツカサ(吉)、天屋、官進、天爵星 この寸に当れば官位進み農商は、よくなる。 劫、コウ、カスムル(凶)、遊離、盗難、天刃星 この寸に当れば家に盗人絶えず萬に損あり 害、ガイ、コロス(凶)、絶対、災害、天破星118すと、すべての箇所の長さが「吉」のところで、ピタッと収るのです。法隆寺を建立した飛鳥時代には、日本でも魯般尺が使われていたのでないか。つまり魯般尺は指金のルーツでないのかと思いました。平成11年4月、NHKのテレビ番組に出演した際、魯般尺のことを話しました。すると、日本大学教授で木造伝統工法を研究しているグループの「棟梁に学ぶ家」代表の深谷基弘さんとメンバーの鈴木紘子さんから連絡がありました。魯般尺について教えてほしいと言うのです。以来、魯般尺は三人の共同研究テーマとなりました。時々、お寺へ実測に出かけ、どの時代まで魯般尺が使われていたのか調べております。現在はメートル法の時代ですが、昔は尺の世界でした。古建築の解明に魯般尺の研究は意義のあることだと思います。いずれ三人の研究結果をまとめて発表するつもりです。 この人たちによって、いつか魯般尺が解明されることを期待し、願っている。 この寸に当れば度々死人多く憂い悲しみあり 吉、キチ、ヨシ(吉)、生家、名誉、天祥星 この寸に当れば家に良き事有り常に喜び多し と天星尺の吉、凶について述べている。 以上が著名人の貴重な魯般尺に関しての話である。 魯般尺は一定の定まった「ものさし」ではなく表目の寸法によって、いろいろと変化するものである。俗に門尺と呼ぶ魯般尺は表目、9寸6分を8等分し、一区画が1寸2分となり、吉寸4つと凶寸4つの区画を作って、吉寸法にあてはまるよう、門戸の人口や家の内法寸法や幅の寸法を吉寸になるよう定めるが、現在はほとんど使用されない。我国にも1尺4寸余りを10等分し、文字を記したものが古い昔、あったらしいが中国の魯般尺は吉が本となっている。 中国で戦前に編纂された、魯般尺を小泉氏が金岡照光氏に依頼した解説書は次の通りであるが引用資料に誤りがある。 財字、門に臨めば仔細詳らか、外門、外財の良きを招き得るを、若し中門に在りて常に自ら有らば財を積み須らく用うべし大門の当、中房若し合すれば干上におかん、銀帛千箱と万箱とを、木匠若しよく此の理を明にすれば、家中の福禄自ら栄昌せん。 病字、病字門に臨めば疫疾を招かん、外門の神鬼中庭に入る、若し中門にありて此の字に逢えば、災須らく軽かるべく声危を免る可し、さらに外門より相い対し照らし、一年両戸霊を送り、中に於いて若要凶禍の厠無くんば、上は疑い無く是れ好親。 離字、離字門に臨めば事は祥ならず、仔細に排べ来るは甚れの方にか在らん、若し外門にありて中戸に並べば、子は南、父は北に自ら分張せん房門必ず主として生きながら離別せん、夫婦の恩情は両処に忙、朝夕士家常に閙を作し恤い惶るも地無く禍誰にか当らん。 義字、義字門に臨めば孝順生ず、一字中字もつとも眞ならん、若し都門にありて三婦を招けば、廊門に淫婦花声を恋わん、中に於いて字を合すれば吉為りと雖も、また害人に及ぶ有らん、若是十分に災害無くんば、只だ厨門有り実に親む可し。 官字、官字門に臨めば自ら詳を要す、空しく大門の場に在ら教むるなかれ、須らく公事を防ぎ州府に親しむ可し、富貴中に堂房自ら昌えん、若し房門に貴子生ずれば、その家必定官邸を出さん、富貴家に入りて相い圧すれば庶人の屋実に量り難し。 劫字、劫字門に臨めば誇るに足らず、家中日日事麻如
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