大工道具に生きる / 香川 量平
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12  その5  指金の話(5)ました。これらの直尺を中国では「牙がじゃく尺」と呼び、ものさしに収縮がほとんどないところから動物の牙が使われました。 最近高松市で大唐文明展が開かれました。空海が昔、長安で学んだ縁で陝西省文華博と題して、数多くの国宝が出展されていた中に「金こんどうかちょうもんじゃく銅花鳥紋尺」と呼ばれる銅製の直尺が展示されていました。西安市の郊外で出土したものさしで、表と裏に鏨で、花鳥紋が刻まれ、5寸目までが二重の線で区分されていて、長さが我が国の尺で約9寸9分あり、随代の土木建築用の一尺の基準のものさしであっただろうと説明されていました。古代中国ではすでに正確な度量衡が作られていて、土地の測量、穀物の計量、建築技術などの制度の体系が整っていたのでしょう。 我が国にも、神代に「天あめの御みはかり量」というものさしがあり、家造りの祖神である「手置帆負神」と「彦狭知神」の二神が、このものさしを使って、山から木を伐採して「正みやらか殿」を建てたという伝説がありますが、この「天の量」の寸法がどんな尺、寸であったのかは判りません。西暦587年、用明天皇の御代、聖徳太子が韓国の百済から番匠を招いて、難波の玉造に四天王寺を建立 「削ろう会」の皆さん、第4回目の「削ろう会」が豊橋市で盛大に催されたこと御歓び申し上げます。 古い昔から大工道具には「式しきがみ神さん」がいるという言い伝えがあり、大工道具を愛する者は「式神さん」によって、すぐ仲良くなれるのだそうです。 指金の話の前に「棟むなふだ札」の話をお聞き下さい。「とうさつ」とも読みますが、棟札は厚みが1寸の桧の板で作ることに昔からなっています。棟札の形は、その棟梁によって違います。また、神社の棟札と寺院の棟札の形はすこし違っています。その寸法は、指金の裏の内目のある魯ろはんじゃく般尺とも北ほくとじゃく斗尺ともよばれている、財、病、離、義、官、劫、害、吉の寸法の内の財、義、官、吉の「吉きちすん寸」を使って作ります。 棟札は将来のための記録ですので、表 に祭さいしんめい神名と下方に施主名、裏 には施工の年月と建築関係者と大工棟梁の名前を墨書きするのです。祭神名は、棟梁によっていろいろですが中央の上より「奉上棟天之御中主神」家運長久栄昌守護所と書きます。したと伝えられています。仏教と共に我が国に伝えられた建築であるため今も仏教建築と呼んでいます。その時、番匠たちが携えてきた大工道具の中に「指金」があったのです。小泉袈裟勝氏の著書によると、招かれた番匠たちは五種類の「尺金」を持っていた。聖徳太子が、その中から一本を選び出して、見本とし、難波の鍛冶職人に、玉たまはがね鋼をもって「鉄てつじゃく尺」を作らせたのが、我が国の指金の起こりではないか。そんな訳で聖徳太子が指金を作ったという伝説があります。私の推察ですが、おそらく韓国の番匠たちが携えてきた尺金と呼ばれるものは、「木製の木尺」であったと思われます。 昨年の暮れ、指金を求めて、中国の雲南省にあるシーサンパンナまで調査に行きましたが、地元の大工や建具工が使っている指金は誰もが「木尺」で妻手に不明確な1寸目の目盛が1尺ほど刻まれていて、がっかりしました。中国では方ファンチイ尺とか角チャオチイ尺と呼んでいますが、一般人はこのものさしを揚ワァイチイ尺と呼び一般人と職人との呼び名が違っていました。 これを見て我が国のステンレス製の指金は世界一であることを痛感いたしました。「天あめのみなかぬしのかみ之御中主神」という神様は、大昔、高天原に初めて現れた神様で、天の中央に座している宇宙の元神様です。また「奉上棟八意思兼神」家運長久栄昌守護所と書く棟梁もいます。「八やごころおもいかねのかみ意思兼神」という神様は、8人の智恵を一人でもつほど智謀にたけている神様で神代の時代、天照大神が天の岩屋に隠れたとき、どのようにして大神を出そうかと考えた神とされています。またこの神様は、「手ちょうなはじ斧始め」の儀式の主神でもあり、大工の一番大切な指金の神様でもあるのです。 棟札の右側と左側に「屋やふねくくのうちのかみ船久々能知神」「屋やふねとようけひめのかみ置帆負神」「彦ひこさしりのかみ狭知神」「五帝竜神」「産うぶすなのかみ土神」「罔みずはのめのかみ象女神」などの祭神名が書かれています。この神様の説明は、のちほどにします。北條時頼が中国の宋から招いた隆蘭渓として相洲の建長寺の上棟の折、時頼が自ら書いて棟木に取付けたのが棟札の起こりだそうです。 指金の話に返ります。現在日本全国で使われている指金は何の変哲もない小さな大工道具ですが、この日本の指金には驚異的な建築の秘密がはかり知れない程隠されているのです。 この指金の術を研究すればする程奥は深く、一生涯船豐受姫神」「手ておきほほいのかみ(削ろう会会報6号 1998.07.19発行)

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