大工道具に生きる / 香川 量平
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天あめのみなかぬしのかみ之御中主神」と記されている。「天」は天空(宇宙)、「御」は美称で、「中」は真ん中、「主」は主人や主君の意味で、天の神聖なる高天原の中央にます宇宙最高神、至上神の意味で、この神が我々の住む天と地を造ったとされる。この神は「子ねの星」「北の一つ星」「めあて星」「北辰」「妙見さん」などと呼ばれる「北極星」で、この星が天之御中主神である。そして、この神は天地自然の理を備えもち、大工に不可欠の「鉛直・水平」の神であると、親方から教えられている。古い昔から大工の棟梁たちが、この神を厚く信仰してきたのは、その為であろう。『日本書紀』には、この神を「国常立神」と記しているが同じ神である。大工が上棟式に供える「棟札」の中央部に、この神が書き付けられている古い棟札がある。120 その49  鉛直と水平の話 我が国で一番古い歴史書といえば『古事記』であるが、この古事記が作られたのは1300年も昔のことである。しかし、この古い歴史書を読む人が意外と多いのは、上巻の神話の物語に現れる神々の面白さと謎めいた魅力のせいであろう。 第40代の天武天皇は諸家に伝えられている『帝記』や『旧辞』が史実と違いのあることを嘆き、後世に真実を伝えることを決意し、役人の稗ひえだのあれ田阿礼に誦み習わせたのであるが、天武天皇は惜しくも世を去った。持統、文武の時代には、天武天皇の志を実現することはできなかったが、文武天皇の後を受けて即位した第43代の元明天皇は、これを遺憾とし、文人であった太おおのやすまろ安万侶を詔して、稗田阿礼の誦み習うところを筆録し献上せよと命じた。天地創成から、神代、そして飛鳥時代の推古天皇までの伝承や天皇家の系譜のすべてを筆録した全三巻を和銅5年(西暦712年)の正月28日に元明天皇に奏上したのである。これが、我が国最古の歴史書である『古事記』である。その8年の後、舎とねりしんのう人親王らによって六国史のひとつである日本最古の勅撰の正史『日本書紀』30巻が養老4年(西暦720年)に完成し、第44代の元正天皇に献上されたのである。 太安万侶が編集した『古事記』は漢文で書かれているが、日本語の音に合せた変体漢文が交じっているので、大変に読みづらく、解読不能のまま、歴史の表舞台から忘れさられていた。そして惜しくも原本は紛失してしまったが、幸いにして南北朝時代に写本されたものが残った。後世になって古事記は偽書などという説や、太安万侶が本当に実在していたのかと疑う説が根強くあったが、江戸時代の寛政10年(西暦1798年)に国学者であった本居宣長が『古事記伝』48巻を完成させた。詳細な注釈を加えた古事記伝によって、写本の古事記は再び、日の目を見ることができた。 そして、明治時代になり、古事記と日本書紀は「記・紀」とし、神典として扱われ、現在は国宝となっている。昭和54年、奈良市此瀬町の茶畑より偶然に太安万侶の墓が発見された。火葬された人骨と、銅板に文字が刻まれた短冊型の「墓誌」が出土したのである。長年、安万侶は実在していたのかなどと疑われてきたのであったが、この発見によって安万侶の実在が証明されたのである。 この安万侶が書いた『古事記』の書き出しに、「天地の初発の時、高天原に成りませる神の御名は 我が国の建築界には昔から「規きくじゅんじょう矩準縄」という言葉がある。「規」は、円で丸を意味し、ぶんまわし、コンパスのことで、「矩」は方で方形を作り出すもの、指金(直角定器)で、「準」は平で、水平を意味し、水ばかり(水もり)で、「縄」は直で、直線を意味し、すみなわのことである。 この「規・矩」を持つ男女の画像石が中国、山東省嘉祥県の「武梁詞堂石室」の内部の石棺の側面に彫刻されている。下半身が蛇のように絡まっている「蛇身人面」で、古代中国の神話に登場する天地創成の神である「伏ふぎ義と女じょか媧」である(5ページ参照)。伏義が左手に掲げ持つのは「矩(さしがね)」で、女媧が右手に持つのは「規(ぶんまわし)」である。伏義は中国の神話に語られている伝説上の初代の皇帝で、雷神の子といわれる。伏義が人民に尽したという最大の貢献は、火種を分け与え、動物、植物を煮たきすることや、易の「八卦」を作り、網を発明して、民に漁猟の道を教えたという。また、女媧は二代目の皇帝ともいわれ、不足している人間を黄土で造り、天の欠けているところを補い、大亀の4足を切って四天柱とし、黒龍を殺して冀州を救い、蘆を焼いて灰を積みて洪水を止めたという伝説がある。 この石棺が築造されたのは、中国の後漢の時代で、中国の建和元年(西暦147年)の頃で、我が国では「邪馬台国」の女王である卑弥呼がいた頃である。石棺に彫刻されている女媧が持つ「規(ぶんまわし)」が我が国で最初に使用されているのが、奈良県の明日香村の「キトラ古墳」の天井に描かれている天文図である。朱線で描かれている4つの円は、古代中国の製図用具である「ぶんまわし」で描かれた可能性が高いという。

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