大工道具に生きる / 香川 量平
124/160

124より、棟札の祈願文には法華、日蓮宗に限らず諸宗ともに神社までも、この経文を書き大難から逃れたい強い思いが込められているのである。この祈願文が書かれている棟札は全国に多くあり、香川県の観音寺の所蔵である弘長3年(1263年)のものや、亀山八幡神社(徳島県池田町)蔵の応安4年(1371年)にも見られる。 また、黒川氏は棟札に書き付ける「神名と仏名」についても説明している。神社の棟札には主文、祈願文の両側に「屋やぶねくくのちのかみ船久久能知神」を右側に「屋やぶねとようけひめのかみ船豊宇気姫神」を左側に書いている。また、「手たおきほほいのかみ置帆負神」を右側に「彦狭知神」を左側に対置して書いているものが多い。それは前四神は立柱祭、上棟祭の祭神として祀るからである。うち前二神は家屋の神であり、後の二神は工匠の神である。他に国狭槌神、罔みずはのめのかみ象女神、五帝龍神、天あまのふとだまのみこと太玉命の神名が棟札に見える。さらに主丈の上部には中央に「瓊けい」、左に「剣」、右に「鏡」の字が一対として多々掲げられている。玉、剣、鏡は神の依代として時に神聖視され棟札に記したものと考えられる。仏名は本尊、本地仏の他に必ず右に大檀那大梵天王、左に勧進者帝釈天王を対置に書かれている。以上が黒川氏の説明である。 中世に作られた古い棟札は、社寺を建立したその棟梁によって作られ、神社、仏閣の主権者によって書かれているものが多く、棟札の型も銘文も、まちまちであるが、『匠家故実録』に棟札の作り方、銘文の書き方、上棟式後の棟札の納め方などが詳しく記載されている。その後の棟札は形も寸法も良く美しい。匠家故実録の説明は次のような内容である。棟札は「桧」の板で作り、頭部は駒型とし、上下を星尺(魯般尺)の吉寸にて作るべし。棟札の表には右と左に「罔象女神」「五帝龍神」「手置帆負神」「彦狭知神」と書き、中央に御号「大だいげんそんしん元尊神」則ち「天あまのみなかぬしのかみ御中主神」と書し、宮社造堂の棟札には、中の御号「天御中主神」と書し、下文を「宮榮永久吉祥」と認めるべし。また、「大元尊神」と書くことも可なり。また寺院造建の節は下文を「寺門永久吉祥」と書す。また、俗家の棟札には「奉上棟大元尊神家門長久榮昌守護所」と書く。また、略々の節は「奉上棟祭神家門榮久守護」と書すなり。また、棟札の裏側は、その時の年号、月日及び、日の幹支を書し、其の下に吉祥と書すべきなり。また棟札を書く時は鎮火災を念じつつ書くべし。勿論、清淨至敬にして之を認め「大和錦」にて包みて卦じるも可なり。 以上の匠家故実録の文面を解説してみると、棟札が桧の柾板で厚みを8分8厘に仕上る、8分8厘とは昔から末広がりの意味がある。頭を駒形にすべしとは頭を約3寸勾配とし、棟札の高さ、上部の肩巾、下部の巾、厚みなどは星尺(魯般尺)の吉寸の内に納まるように作る。魯般尺は尺2寸を8等分し、「財、病、離、義、官、劫、害、吉」が書かれており、その内の吉寸である「財、義、官、吉」の目盛内に収まるよう棟札を木取する。 そして棟札に書き付ける神々を匠家故実録は下図のように書き方を説明している。棟札の裏側に書くのは先に述べた通りであるが、上部に五本の横筋を書き、年号、歳月、日幹支吉祥と書く。棟札は上棟式が終了すると、棟梁は、建物の中央部の棟束に棟札を南向に麻苧で結び付ける。 棟札の右側に書く「罔象女神」は水神であり、火伏の神でもある。我が国の建造物は木造建築が多いため、古い昔から大工の棟梁は、落雷や失火を恐れ、精魂込めて作り上げた建造物を火災から守護するため火伏の神々を棟札に書き付けたのである。この女神は水が走るという意味をもち、耕地の潅漑用水の神でもあり、トイレの神でもある。「五帝龍神」とは東の「青帝大龍神」、西の「白帝大龍神」、南の「赤帝大龍神」、北の「黒帝大龍神」、中央の「黄帝大龍神」のことで建造物の東西南北と中央を守護するという水神である。また、古い棟札に釘穴が僅かしかないのは「置札」であったという説があるが、鎮火災を念じつつ神々を書き付けた棟梁は決して釘打ちはしない。古い棟札に釘穴が無いのはその為である。 瀬戸内の讃岐(香川県)には昔「塩しわく飽大工」という集団がいた。その集団が残した建造物の技術には今も目を見張るものがある。また、数々の大工の仕来りや言い伝えなどが今も讃岐の大工の間に伝えられている。棟札の話も、親方から伝えられたものであるが、棟札は桧の柾板で作り、頭は3寸勾配とし、高さ、肩巾、下巾、厚みは天星尺(魯般尺)の吉寸を使って木取する。上棟式の折、棟札は幣へいぐし串と共に祀る。銘文の書き方は、中央の上から「奉上棟○○邸新築屋舎」と書き、右上に「屋船久久能知神」左上に「屋船豊受姫神」と書き、右上すこしさげて「手置帆負神」左上すこしさげて「彦狭知神」と書く。そして右下より「産うぶすなのかみ土神」「五帝龍神」「罔象女神」「天あまのまひとつのかみ目一箇神」の四柱の神を並べて書く。棟札の裏側は上棟式の年月日、大工の棟梁名と工事関係者一同を書く。火伏の祈願文は「聖主天中天、迦陵頻迦声、哀愍衆生者、我等今敬禮」と書き、「霜柱、

元のページ  ../index.html#124

このブックを見る