大工道具に生きる / 香川 量平
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132 その53  畳のはなし 戦後の洋風化の影響もあるのだろうが、最近、若い人が住む住宅には和室の畳の部屋が非常に少なくなっている。しかし日本の畳には独特の弾力と藺草の足ざわりの良さがある。また、新しい畳のかおりは格別に良く、昔の諺に「女房と畳は新しい程よい」などと言われている。浴衣がけで、ごろりと横になり手枕でテレビを見るのも良し、大の字になって背伸びも良し、畳の部屋は日本人の一番くつろげる空間なのである。 畳という文字は「たたむもの」「重ねられるもの」というところからきているという。和銅5年(712)に書かれた『古事記』の上巻に海幸彦、山幸彦の神話がある。山幸彦が海神の宮殿に招かれて「内に率て入れ奉りて、海驢の皮の畳、八重を敷き、亦、絁畳、八重を其の上に敷きて、其の上に坐せ奉りて」と書かれている。また、日本書紀や万葉集などにも畳という文字が数多く見受けられる。 大谷晃一氏の『現代職人伝』の中に畳職人の山本満穂さんの話が次のように書かれている。児島の新庄八幡宮から「八重畳」の注文を受ける。後で「はてな」と考え込む。作った事がない京都に行って分った。昔、内裏で天皇が座す畳で、高さが十センチ上敷七枚も重ねて作る備後表に高麗縁を使う。 この畳、古事記に登場した山幸彦が海神の宮殿で坐したという八重畳と同じような気がする。 奈良の正倉院展で、第45代聖武天皇と光明皇后(701~756)が御使用になられた「御床(寝台)」が平成11年に北倉より出展されていた。桧で作られた枠組で二脚ある。また、中倉より「御床畳残欠(寝台用の畳)」が展示されていた。説明文によると「御床に付属する畳の断片で、大小40数片に分かれたものの内、幅の部分が、ほぼ実在するものである。そのおおよその構造はマコモ製の粗い筵3枚を二つ折りにし、重ね合わせて6重にして芯とし、表面には藺筵、裏面には麻布をあてている。長側面の小口部分については、小片がわずかに付着しているに過ぎず、詳細は明らかでないが、白絁地に綿の裂を重ねて覆っていたようである。錦は濃い茶紫地の花鳥文を表した経錦で『国家珍宝帳』に記載の御床二張の注記にある「黒地錦端畳」に相当するとみられる。全長は、すべてが断片のために不明であるが、幅については最大片で118cmあり、御床2張の幅にほぼ対応し、その上に置かれた畳であったことを示している」と解説している。御床畳残欠は、現存する日本最古の畳である。この藺筵は天然の藺草を採取して乾燥させ『和国諸職絵尽』に描かれている「筵打」のように藺草を織り上げたものであろう。また、青森県の三内丸山遺跡からは、藺草で編んだ「ポシェット(小型の袋)」が出土している。約5500年の昔、縄文人が編んだものである。我が国には古代から沼地や湿地帯には藺草が数多く自生していたのであろう。 『技術と民俗』の著書に松崎哲氏が「備後の畳表」について詳しく解説している。備後表の沿革/畳表の原料となる藺草は、おもに瀬戸内海沿岸から九州地方で栽培されているが、備後(広島県東部)地方では、天文・弘治年間(1532~58)に野生の藺草を沼隈郡山南村(現、沼隈町)の水田で栽培し、丈の長い藺草を選んで引通表を織ったのがはじまりと伝えられている。(以下略)藺草の栽培/備後地方では「備後の寒田植え」といい、11月下旬から12月上旬にかけて、稲作の終わった水田に藺草を植え付ける。翌年、5月中旬頃、新芽の伸長と色つやをよくするため、茎の先端を地上45センチほどの高さに刈り取る(先刈り)。そして、7月中旬頃、茎が成熟し弾力性のある硬さに生長すると、刈り取りの適期となる。藺草の収穫/梅雨明けを待って、土用に刈り取りにかかるが、日中は気温が高く、藺草がしおれて色つやが悪くなるので、作業は早朝か夕方に行われる。刈り取った藺草は根元から75センチほどのところを持って上下左右に振り、屑藺を払い落す(すぐり、そぐり)。また、色つやをよくし畳表独特の香りを保ち、さらに変色を防ぐために、すぐに、鉄分の少ない粘質土(染土)を水に溶かした泥の中に漬ける(泥染)。その後、2日間、晴天日に干し、十分乾燥させて、納屋などに貯蔵する。藺草の選別/藺草は、製織する前に、長さに応じて選別する。引通用は105センチ以上、飛込用・中継用は75センチ以上、それ以下の長さは、笠藺といって笠などの雑貨用に使用する。畳表の種類/畳表は藺草を横(緯)、麻芯を縦(経)にして製織するもので、引通表・飛込表・中継表の三種類がある。引通表は、一本の藺草が織り幅の両端まで達する長い藺を使って織り上げたものである。飛込表は、一本の藺草が織り幅より短い藺を使って織り上げたもので、藺草の先端が両端まで届かず、中央部分が重なりあっているだけなので、端のほうの耐久力が劣ることになる。

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