大工道具に生きる / 香川 量平
136/160

136く、右側に4ヶ所、左側にも4ヶ所の「罫爪」と呼ぶ刃を、その使い手の職人の鑿幅に合せて植え込んであり、八本の枘幅をけがくことができる。主に建具職人や家具職人が使用していたが、現在、正確な電動穴堀機の進出により、鑿罫引は姿を消しつつある。 また、「鎌罫引」とも「箱罫引」とも呼ぶものがある。罫引刃が上下に二梃箱の中に収まり、簡単に操作ができる上に、他の罫引のように棹の頭がなく、長押や天井廻縁の留仕事に最適で、現在、大工職人や日曜大工に好評である。罫引刃の止めは上部でネジ止めとなっている。明治の初め、ネジを知った日本の木工職人が考案したのだと伝えられている。また、この鎌罫引に黒檀製のものがあるが、これを使うと白木の仕上面が、うす汚れするので、それを心得た大工職人は決して使用しない。 また、ベニヤ板などの木取りに「長棹罫引」というのがある。棹が長く大型の罫引であるが、最近はあまり使用されていない。 昔、桶屋という職人が使っていた罫引に「曲面罫引」というのがある。定規板が出丸と内丸になっていて、罫引刃は鎌罫引の刃で棹はなく上部で刃止めはネジ止めとなっている。桶屋の職人が桶の厚みを整えるため使ったもので、現在では、この罫引、西洋家具を製作する職人が使用している。 この罫引という道具は世界の各地で使用されている大切な道具である。英語で「marking gage(マーキングゲージ)」と呼ぶ。また、中国では「   」と書く。西洋の罫引は操作がむずかしく、中国製や日本製は楔止めのため操作が簡単である。 罫引と併用して使用する道具に「白罫引」とも「白書」とも呼ぶ片刃の小刀がある。主に建具職人が使用するが、建具に親桟に枘穴や切墨を線引する折、スコヤまたは巻カネを使う、この軽く引いた線は、鉛筆の線などと比べものにならない、細くて正確な線を引くことができる。この線引を建具職人は「けがく」と呼んでいる。また、この白書には「二梃白書」というのがある。一度で二本の線をけがくことができるので、木工職人にとって大切な道具である。白書の刃先角度は約60度といわれているが、私の親方からはガラス切の角度が良いと教わっている。大工が白書を使用するのは座敷廻りの床や違い棚の漆塗りの床材料の仕口や土どうづき付などの「けがき」に使用している。 昔から罫引は自分で作るものとされていた。大工の見習が初めて作る自分の道具が割罫引である。欅などの落ち材を親方から貰い受け、兄弟子に聞きながら夜なべに作ったものである。また、筋罫引などは、使い古した鉋台を職人衆などからいただき、盆の休みに割り返して作ったものであるが、樫の木が乾燥しているので狂いもなく、その当時に苦心して作った筋罫引が今も私の手元に1梃ある。最近、いい落ち材があるので小型の筋罫引を作ってみた。罫引の刃は電気カンナの使い古したものを切断して再利用した。罫引刃を棹に取付ける位置が肝心で、罫引を引く側の外側方面にすこし罫引刃を向けて取付けるのが大切である。 「罫引紙」という言葉がある。罫を引いた紙、または罫けいし紙のことであるが、奈良県の明日香村の「石神遺跡」から飛鳥時代(7世紀後半)に作られたものであろうという、我が国最古の罫線を割り付けるのに使われた定規が池の跡から出土した、と新聞紙上に掲載されていた。定規は木製で途中で折れたものか3寸5分しかなく、実際には1尺以上あったものと思われるが、間隔の切込が3ヶ所あり、その当時の役人が、公文書を書く折に、この定規を使って割り付けし、筆を使って罫線を引いたのであろうと説明していた。 碁盤や将棋盤に黒漆を使って格子状に見事な罫線を盤上に引いているが、昔は「筆盛り」と「ヘラ盛り」とがあった。筆盛りとは、ネズミの髭で作った筆を使い、また、ヘラ盛りとはヘラなどで黒漆を盤上に盛り付ける技法であるが、最近は三日月形に曲った日本刀を使って黒漆を盤上に盛る技法を「太たち刀盛り」と読んでいる。碁盤の縦に19本、横に19本を格子状に盛り付ける技法は見事なものである。余談だが、碁盤の長さ1尺4寸5分、幅1尺3寸5分、厚み3寸9分、高さ7寸8分で日本榧かやの柾目の通ったものが最高品で、日本榧の特長は碁石を打った時の響きと、碁石を打った窪みが翌朝すべて正常に直っているところであるといわれる。4本の足はクチナシの木で作られ、外部の口出し無用を意味しているのである。また、抜ける1本の足には碁盤を作った作者の銘が書かれている。 日本最古といわれる碁盤が平成5年、奈良の正倉院の北倉から出展されていた。「木もくがしたんのききょく画紫檀碁局」(碁盤)である。解説書によると、材質は紫檀で、盤上の罫線は縦に十九本、横に十九本を格子状に、白い象牙を一分幅に施した見事なもので、中央部には17個の花形の星があり、花弁は象牙で表している。碁盤の寸法は各辺が49.0㎝で高さ12.6㎝で、側面は四区に分れ、象牙で人物、動物の形に切り抜き、毛彫り、淡彩を施して、はめ込んでいる。この文様は伸びやかで異国的である。また、側面の右と左には碁石を入れるような器

元のページ  ../index.html#136

このブックを見る