大工道具に生きる / 香川 量平
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上段 鎌罫引と筋罫引、下段 割罫引と鑿罫引(竹中大工道具館所蔵)二本棹罫引(竹中大工道具館所蔵)二挺白書西洋の罫引(カタログより)137があり、「カラクリ」の仕掛がある。この碁盤は第45代聖武天皇の御遺愛品にふさわしく、中国から渡来したものと思われると解説している。 碁盤縞という織物がある。碁盤の目のような縦と横の等間隔が、網の目のように美しい模様である織物だ。 「碁盤割り」という言葉がある。市街地や紙面を碁盤の目のように、縦と横に美しく分割するという意味であるが、罫線で割ったような市街を区画しているのが京都の町並である。京都は794年に中国の都制を模して第50代桓武天皇によって造られた都である。平安京とも呼んでいる。しかし、この数の多い町通りを子供たちや、田舎から商店に見習にきた若者たちに早く覚えさせるため、室町時代に「京の通りうた」という「わらべ歌」を作り、子供たちや若い人たちに歌わせて、早く覚えることができて、大変よろこばれたという伝承がある。私が京都の知人から聞いたわらべ歌は次の通りである。東西(左右)にのびる通り名を北(上)から順に南(下)に向かって、丸太町通り~十条通りまで。♪ まるたけえびすに、おしおいけ、  あねさんろっかく、たこにしき、  しあやぶったか、まつまんごじょう、  せったちゃらちゃら、うおのたな、  ろくじょうさんてつ、とおりすぎ  しちじょうこえれば、はつくじょう、  じゅうじょう東寺で、とどめさす。♪南北(上下)にのびる通り名を東(右)から順に西(左)に向かって、寺町通り~千本通りまで。♪ てらごごふやちょう、とみやなぎさかい、  たかあいひがし、くるまやちょう、  からすりょうがえ、むろころも、  しんまちかまんざ、にしおがわ、  あぶらさめがいで、ほりかわの水  よしやいのくろ、おおみやへ  まつひぐらしに、ちえこういん、  じょうふくせんぼん、はては西陣。♪という「わらべ歌」であるが、京の都らしく風情を感じる歌である。下線のところは町並ではありません。(削ろう会会報72号 2014.12.22発行)

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