大工道具に生きる / 香川 量平
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鴟尾蟇股(竹中大工道具館蔵)148 福井県鯖江市の誠照寺の四足門に「駆け出しの龍」の彫刻がある。左甚五郎の作と伝えられている。門が火災に見舞われそうになると、この龍が駆け出して、火を消すという伝説がある。町の人々は「北陸の日暮し門」と呼び、その彫刻の見事さは「日光の陽明門」に決して、ひけをとらないという。 埼玉県秩父市三峰に盗難、火難よけの三峯神社がある。犬神様、御犬様と呼ばれる「大口眞神」が祀られている。「大きな口をあけている狼」という意味である。『大和国風土記』の逸文には「昔、明日香の地に老狼、存りて多くの人を食う。土民おそれて大口の神という。その住める所を名付けて大口眞神原という」と記されている。古くから「狼」は大神に通じ、田畑を荒らす猪や鹿を食べる益獣であり、山に棲む神聖な動物として信仰されていた。なかでも秩父の三峰山(三峯神社)、丹後の大川大明神(大川神社、京都府舞鶴市大川)は狼を神使として祀る神社である。御神札には狼の絵が描かれていて、盗難、火難よけとして頒布されている。 京都の三十三間堂の棟木は、柳の一本もので64間あるといわれるが、水分を多く含む「ミズキ」の大木を木挽が挽き割り角材とし大工が継ぎ合わせ、柳の一本ものとしたという説もあるが、ミズキの木を使って棟木としたのは、火伏の呪でないのだろうか。 白い髭をはやした「柿かきのもとのひとまろ本人麻呂」は天武から文武朝に仕えた官人で万葉歌人の歌の神であるが「人丸」とも書き、「火止まる」の語呂あわせから、火伏の神として人々が崇め、島根県益田市高津町の柿本神社に祀られている。 台所の神として祀られている「三宝荒神」は火の神であり、また火伏の神として祀られている「かまど神」と同じく、火所を守る神であり、二神を同一するという例もあるが、現在では、台所に小さな神棚を設けて三宝荒神を祀り、農家などでは、火所の近くに火伏の御札を貼っている家が多くある。 我が国の社寺建築には、火伏の呪に水が係わった名称のものが数多くある。奈良の東大寺の棟鬼は金の「鴟しび尾」であるが天を突くといわれ、見る者に威圧を感じさせる。沓くつがた形であるが、実際は魚の尾を表現したものである。名古屋城の棟鬼は金の鯱しゃちほこであるが、頭は虎で逆立ちした「サカマタ」であるという。 民家の棟鬼に帆かけ舟などがある。社寺建築の棟瓦に「水板瓦」を用いて棟瓦に仕立てたものがある。水板瓦の側面には鯉や龍、波や雲を現している。また、軒先に見える屋根の巴瓦の模様は水の渦巻を表し、唐草瓦の模様は水草を表している。妻側の破風板の拝の下場に取り付いている「懸げぎょ魚」は、魚を懸げるという意味であり、しおりの破風板などを千鳥破風とも呼ぶ。また、向拝の紅梁の中央部の上に「蟇かえるまた股」がある。鏃やじりの刺さすまた股から転じた語であるといわれるが、田の神である「蛙」の股に良く似ているところから、この名があり、火伏の神として納められているのであろう。    (削ろう会会報76号 2015.12.21発行)

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