大工道具に生きる / 香川 量平
26/160

釿の各部名称(竹中大工道具館より)26ん。掟を知る船頭が大声で「この中に誰か島から何かを持ち出そうとしていないか」と問い質すと、一人の船大工が「釿の柄にしようと槐の木を持っている」と言ったので船頭は島に引返し、槐の木をもとに返させたら、不思議に船は陸地に向け何事もなかったように進んだ、というのが沖の島にまつわる伝説話です。また沖の島を「海の正倉院」とも呼びます。それは、古い昔から何一つとして島から持ち出すことができない神聖な神の掟があるため、古代の遺物が今も数多く眠っているからです。 安森君は神の島と釿と槐の木、何か神秘的な共通点があるのではないかと言っています。槐の木を古い昔には「コヤスノキ」と呼んでいました。槐の木を安産のお守りとしたのは、古い昔、神功皇后が應神天皇をはらみ、皇后が新羅、高麗、百済の三国と戦って帰る途中、「うみの宮」の槐の木にとりすがって無事に應神天皇を産んだという伝説話があるからです。 我が国では槐の木を「延寿」に読み替えて「出世して大金持ちとなり、大変に長生きできるというおめでたい木であるので、自分の家の庭先に植えなさい」と植木職人は奨めます。 槐は初夏に美しい黄白色の花を咲かせ、夏の暑さを忘れさせてくれます。蕾は「槐花」と呼び、ケルセチン配糖体の一つである「ルチン」を含み、毛細血管のもろくなるのを防ぎ、脳出血の予防薬になると昔から言われています。中国では「槐花」を煎じて、布や紙の染料にも使っていたといわれます。また花は乾燥して止血剤に使っています。秋には数珠玉のような実をつけますが、この実を「槐子」といって熱病や破傷風の漢方薬として今も中国では広く利用されています。また材は釿の柄を始めとし諸工具の柄や、家具、建築材として幅広い用途を持っています。蕾、花、実、材と古い昔から人間に大変役立っているところから、槐の木は「実用六木」の一つに数えられています。 中国では槐樹と書き、ホエスウーと呼び、北京の一番賑やかな「王府井」の大通りに街路樹として植えられています。槐の木は大変に美しい樹形をたもつのが有名です。今も市民や観光客の目を楽しませてくれています。以上が釿の柄に最高の槐にまつわる話でした。 釿には両刃と片刃がありますが、家大工が使う釿は両刃で、刃幅が約3寸2分から3寸6分まであり、刃先は耳と呼ばれる両角から刃先の真中にかけて約1分5厘ほど丸く出っ張って蛤刃となっている方が、釿うちには良好です。柄は槐の木を使い、柄の長さは使い手の身長によって差があります。柄の曲っている側を自分の脇下にあてて、柄の先が自分の掌の中におさまるのが長さの定寸であります。 昔から言い伝えられている釿の高さに「7寸上りの4分こごみ」という言葉があります。昔の大工は身長が低かったのでしょうか、現在は身長がのびているので、7寸5分上りの4分こごみ程度が良いと思います。釿を刃先を下にして立てて、水平面から釿の柄の曲った上端まで約7寸5分あれば良いのです。こごみは水平面に指金を櫃角にあて、そこから刃先までが4分あれば良いということです。釿の櫃に打ち込む楔は樫の木が良いと昔からいわれていますが、私は本革のベルトを切断して仕込みますと仕込の柄の部分が痛まず、水をすこし含ませると決して刃が抜けることがありません。 昔の釿は櫃に仕込んだ柄の部分をアリ状にとり、樫の楔で打ちかためていました。釿の刃を抜きとる時は木槌で柄の曲った内側を軽くたたくと、簡単に抜きとることができます。素人が釿の柄を抜きとるのに櫃の角をハンマーでたたいて抜こうとしているのを見たことがありました。大切な釿の櫃が変形してひどく傷むので、決してこのような抜き方はしないよう慎むべきです。 私が弟子の頃には釿を横にたおし、柄を足でおさえ釿刃の側面で鉋の裏出しを良く行っていましたが大変に難しいくて、親方でも鉋刃を割ることがありました。(削ろう会会報15号 2000.08.03発行)

元のページ  ../index.html#26

このブックを見る