大工道具に生きる / 香川 量平
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 その13  釿の話(3)27 『和漢三才図会』について説明して下さい。との連絡がありましたので、お話します。『和漢三才図会』というのは、江戸時代の中頃に大阪の「寺島良安」という医者が、我が国で初めて絵図入りで解説した百科辞典であります。全105巻からなり、内容は天文、地理、動植物、人物、器具などに部分けされていて、その一つ一つの品目を絵図に掲げて、漢文で克明に解説しています。巻首に正徳2年(1712年)の自序と書き表されています。寺島良安はこの辞典を書きあげるのに30数年を費やしたといわれています。そののち昭和45年(1970年)に和漢三才図会刊行委員会によって上巻、下巻にまとめられて初版されました。以上が『和漢三才図会』についての話です。 その辞典の第二十四巻の百工具の項に、大工道具が絵図入りで解説されています。釿の項では「按ずるに釿は手斧なり。両刃、片刃の二種あり、船工は両刃を用う。尋常は末ひろくして片刃なり。また小釿あり、片手を以て木をはつる。おの柄は楡を以て上となす。槐、欅これにつぐ」と解説していますが、大工道具を研究する初心者は、手斧と書いて、なぜ「ちょうな」と呼ぶのか、釿という漢字がありながらおかしいと言う人がいます。また百工具の釿の項では「手乎乃」と書いて釿と読ませています。「ておの」といえば小型で片手使いの薪割のことと思いますが、どの辞書にも手斧と書き、釿と読ませて明確な記述がありません。初心者は、この混同した呼び名に注意が必要であります。 また釿には「両刃」と「片刃」があると解説していますが、この点についても納得しかねるところがあります。「両刃」という刃物は、地金(地鉄)を加熱し鏨で割り込みを入れて、鋼(刃鉄)をはさみ、「ホウ砂」(ホウ酸とナトリウムの化合物)を加えて加熱し鍛接する方法と、地鉄を加熱して二つに折返して中央部に鋼をはさみ、ホウ砂を加えて加熱して鍛接する二通りの技法があります。この鍛冶の技術を昔から「割り込み方式」とか「サンドウィッチ方式」と呼んでおります。この技法で鍛造された刃物には「鉈」「鉞」「釿」などがあります。また片刃という刃物は、地金を加熱してホウ砂を加えて鋼を鍛接する技法で「片刃地付け方式」と呼んでいます。この技法で鍛造された刃物には「鉋」「鑿」「切り出し小刀」などがあります。 刃物事典によると「刃の面が通常、一方に傾斜しているのが片刃で、両面に傾斜しているのが両刃である」と説明しています。しかしなぜ釿に両刃と片刃があるのか。釿刃を側面から見て、櫃のセンターを真直ぐに延ばしたところが刃先であれば両刃。木造船を作っていた船大工が使っていた釿はすべてが両刃。家大工が使う釿は櫃のセンターからすこし内側に曲っているが、表と裏に研ぎ面があるものは両刃で岩国型、四国の大工が良く使う。片面刃には蝙蝠型、東北地方で使われる本奴などが片刃となっています。 神戸の竹中大工道具館から最近、竹中大工道具館研究紀要の第12号が発行されました。主席研究員である沖本弘氏は「釿の形と鍛冶技術に関する調査」の中で、釿刃を両刃、片刃などと呼ばず、両刃を「両面刃」、片刃を「片面刃」と呼んでいます。大工道具を研究する者にとって、昔の呼び名である両刃、片刃の呼び方は、初心者には混同しやすいので、沖本氏の呼び方が適切であると私は思います。 沖本氏の「近世型釿の構造と種類」によると、釿刃の型は、我が国の地方、地方によっていろいろと変化しております。東型は関東地方で両面刃。大阪型は関西地方で両面刃。岩国型は関西、中国、四国地方で両面刃。岩国名古屋型は東海地方で両面刃。ツンボ型は中部、信州地方で片面刃。甲北陸型は北陸地方で片面刃。蝙蝠型は飛騨地方で片面刃。本奴は東北地方で両面刃(片面刃もあり)。奴秋田型、東北地方で両面刃。奴東北型、東北地方で両面刃。(キ)九州型、九州地方で両面刃。(キ)丈長鎬型、九州地方。舟手(屋)型、舟大工、舟手。大阪型、舟大工。舟手函館型、舟大工、舟手。重族型、舟大工。蛤型、太鼓胴掘用。蛤型(ヒツ)、太鼓胴掘用。三味線型、三味線用。撥鍬型、鉄道用。撥鍬型、臼掘用。の21種類が竹中大工道具館研究紀要第12号に沖本氏が正確な説明図と共に解説しております。 その他にも桧皮師が軒付の桧皮を切り揃える片手釿があります。四国では「まえちょうな」と呼んでいます。刃幅は2寸9分ほどで釿の丈は長く、薄刃で片面刃です。また舟大工の中で櫓屋(櫓大工)が使う「櫓屋釿」があります。刃の中央部が極端に分厚く、堅い材を削るため、櫓大工の仕事に合せて改良されたのでしょう。櫓大工というのは舟大工から分業したもので、舟の櫓を作る職人です。刃幅は約2寸8分ほどで、釿の丈は長くて両面刃です。しかし櫓大工は良く「釿を履く」(釿で足をはつる)そうですが、その折には「グリス」が一番の特効薬だそうです。また家大工は「丸釿」を持っています。数寄屋建築などの折に、釿の刃跡を装飾的に見せる「亀甲はつり」などに使う釿です

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