その16 釿の話(6)33 数ある大工道具の中で「指金」「墨壺」「釿」を昔の大工は三種の神器とか大工の三宝などと言って崇めていました。釿は古い昔に大陸から伝えられたもので、古墳時代すでに我が国で作られていたのか、刃と柄が一体化した全鉄製の古代釿が古墳から出土しています。これらの釿は実用品ではなく、何らかの儀器として使われたものと思われます。その当時、木製の柄が付けられた古代釿が使われていたというのは、出土した木製の遺物に釿の刃痕が数多く残されていることから分かります。釿はその当時から現代までの長きに亘り使われてきたので「釿は生きている化石」であると呼ばれています。 釿は柄がへの字に曲った不格好な道具ですが、これ程大きな力を持つ大工道具は他にありません。昔、農家が八尾建の母屋を建てるとなると、家の小屋組のすべての上具材に大きな松の丸太材を使いました。大工は釿を使って、曲った大きな松丸太を十二角に瓜むぎをして、親方の墨掛が終ると、墨掛の通りに正確に釿を使って刻んでいきました。大きな力を持つ釿と職人の技術によって、粘くて堅い松の上具材も墨掛の通り、見事に仕上っていきました。そのような仕事のできる釿は大工にとって不可欠の道具でしたので、大工の三宝などと言って大切に使っておりました。しかし大工が宝の一つとしていた釿ですが、残念ながら釿には今も不明瞭な点が多々あります。なぜ「手斧」と書いて「チョウナ」と呼ぶのか。また「手斧」と「釿」の二つの文字を持っていますが、どちらが正しい文字なのか。 「手斧」と書いて今も「チョウナ」と呼んでいますが文字の通りに読むのであれば「テオノ」と誰もが読みます。そして小さな薪割と思います。「シュキン」と読んだ人もいました。岩波新書『大工道具の歴史』村松貞次郎先生著のチョウナの項に「チョウナは斧の一種であり、この道具の歴史は大変に古く、石製のチョウナが出土している」と述べています。 昔の縄文時代には石斧が万能の道具でした。石斧には縦斧と横斧がありましたが、横斧が現在のチョウナの祖であります。 平安時代の前期、我が国で最初の漢和辞書である『倭わみょうるいじゅしょう名類聚鈔』を源みなもとのしたごう順という学者が書き表わしました。内容はすべて漢文で書かれていますが、下巻の工匠具第九十七の項に「釿」と書いて「テオノ」と片仮名が付けられ、和名「手乎乃」の和訓を与えています。「斧ばつりの後にこれをもって平滅するもの也」と書かれています。斧ばつりした粗い木の面を釿でもって平坦にならす道具であるという意味です。また江戸時代の中期に書かれた『和漢三才図会』にも釿のことが同じ内容で書かれています。『道具と日本人』という書籍にも「奈良時代より以降の古文書や造営記録などにみえる常用語としては『釿』という字は稀にしか見られず、多くは『手斧』または『手𨨞』の字が用いられて『テオノ』または『テウノ』の和訓が与えられている」と説明しています。 「チョウナ」とどうして呼ばれるようになったかには諸説があります。使い手が手を高く振り上げ、降り下ろす刃物であるから「てふるば」がチョウナになったとか、中国製のチョウナの形が丁の字に似ているからとか、昔中国で「チョク」と呼んでいたからなどです。松山の鍛冶師、白鷹幸伯さんは昔「テオノ」と呼んでいた言葉が、いつの間にか「チョウナ」という呼び方に変化していったのだろうと言っていますが、それが本当のようです。 『和漢三才図会』の釿の絵図の横に片仮名で「キン」と書かれているが、その意味は何かと聞いた人がいます。昔、「キン」と呼んでいたのは「オノ」「マサカリ」のことで、それらの道具のことを「斧斤」と呼んでいました。また釿刃には木製の柄を差し込む「ヒツ」と呼ばれる「すげ口」が上部にあり、この「ヒツ」という文字に「 」とか「 」の文字が使われていますが、現在の辞典には見当りませんので「物を納める箱」という意味をもつ「櫃」の文字を私は使っています。『大工道具の歴史』の釿の項に、「チョウナの柄のすげ口(昔のやかましいいい方によれば きょう、きゅう、すなわちソケットの部分…」と説明しています。『和漢船用集』や『和漢三才図会』にも「 」と書き「ヒツ」と呼ばせています。また昔にはヒツのことを「柄袋」とも呼んでいました。 『倭名類聚鈔』の斧の項に「 」の文字に片仮名で「オノノエ」と付して和名「乎乃之江」一云布流と記しています。著者の源順は「 」とは斧の柄であると説明しています。「布流」については、故吉川金次氏は、振り上げて使うものと解説していますが、納得できません。昔、斧や釿のことを「 」と呼んでいたのですが、いつの頃からか木製の柄を差し込む「すげ口」に という文字が使われるようになったのだろうと故吉川金次氏も白鷹幸伯さんも説明しておられます。 釿刃も長年の使用と研磨によって鍛造されていた鋼
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