大工道具に生きる / 香川 量平
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鋸歯の形状ミュージアム氏家(栃木県塩谷郡氏家町)の資料より56 その26  鋸の雑学久寿さんから遺品である「窓鋸」を二挺いただいた。窓鋸は「改良歯」とも呼ばれ、見事な切れ味である。窓鋸は5枚ごとの歯に深く大きな切り込みがあり、その1枚の歯が縦挽歯で、後の四枚は笹歯と呼ばれる横挽歯である。節などに行き当たると、縦挽歯が威力を発揮し、窓のような大きな切り込みがオガクズを見事に押し出し、楽で早く鋸挽ができる構造となっている。 鋸の歯型には三種類ある。「ガガリ目」「江戸目」「バラ目」である。ガガリ目というのは縦挽鋸の歯型の名称で、ガリガリと音を立てながら挽く鋸であるため名付けられたという。根ねずみががり隅鈎という小型の縦挽鋸がある。ねずみの歯のように鋭いのでこの名がある。横挽鋸の「江戸目」は小刀の原理を応用したもので、昔、江戸の目立て職人が作り出したので、その名がある。「バラ目」と呼ばれる歯型は、出土した古代鋸にも見られる。中国や西洋の押鋸に見られる歯型で、横挽も斜挽も可能で、今も唐木細工の職人はこの「バラ目」を使用する。その他、職種によって昔から変わった歯型が多くあるが、現在ではあまり使用されていない。 昔から我が国の大工は「自分の愛する女房まで質入れしても、名工が鍛えた大工道具が欲しい」と誰もが言ってきた。平成元年の頃、大勢の大工が集っている集会場で「女房を質入れしてまで、何の道具が欲しいのだ」と酒の回った席で聞くと「鉋だ、鋸だ」と言っていたが、鋸だと言った連中が最後には多くいた。 昔から大工言葉に「一錐、二鋸、三釿」という言葉がある。大工仕事で一番きつい順位を表した言葉であるが、昔の大工仕事は、すべてが手仕事であったため、そのような言葉が言われていたのである。しかし実際に手もみ錐を使ってみると短時間ではあるが、かなりの重労働であるのがわかる。「錐で山を掘る」という諺があるが、錐もみの忍耐力を表現した言葉であろう。二番目にきつい仕事が鋸と言われているが、私は鋸が一位ではないかと思っている。錐もみのような手先の仕事などではなく、四国地方の農家の母屋の新築工事は、大抵が八尾建と呼ばれる入母屋造りで、大きな欅の大黒柱と向大黒柱が使われる。大黒柱には松の胴差(削ろう会会報31号 2004.09.07発行)が四方差となっている。その胴差を四国では「しじっしゃく」と呼ぶ。巾が4寸(12㎝)で成が1尺(33.3㎝)である。四方差となると前後は角栓打ちで納まるが、右と左は長い天狗枘で鯱栓を打ち、胴付を引き寄せる。長さがない胴差は雇い枘を使い、右と左の胴差に鯱栓を打ち結合する。正確で緻密な仕事が要求される。 この大きな胴差の枘付は大変に難しく、正確な鋸挽が必要で、縦挽鋸の目立が完璧でなければ正確な枘付はできない。このような枘付の場合、名工が鍛えた鋸であれば、何のことはなく長い天狗枘も挽き出すことができる。柱枘なども長い二重枘とも重かさねほぞ枘とも呼ばれる枘が数多くあり、それを作り続けると、いくら元気な若者といえども、夕方になると腰痛で、その場に突き座ってしまう。「何をしとるか」と親方に怒鳴られる始末。そのたびにどうして大工などになったのか、と思い悩むことがあったが、親の反対を押し切って大工の道に進んだ私は、怒鳴る親方や意地悪の兄弟子や腰痛の辛抱に耐え抜いた。 その当時の職人たちは、毎日大工道具を入念に手入れし、特に縦挽鋸(ががり)は油拭きし、黒光りした鋸など大切に扱っていた。また鋸の目立もなかなか上

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