大工道具に生きる / 香川 量平
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芽葉鎈(めはちけ)両刃鎚目分け台(小)三段目の目立鑢中国の鑢(鬼目)62 『和漢船用集』では鑢のことを「・・鋸きょこん痕をのこぎりの目と訓す。今、皆目といえり、歯を利するを目立てと云。歯を左右に開くを『アサリ』と云。此者鑢の頭にあり是、芽めはちけ葉鎈也。鋼にて折れやすし、此故に鉄を以前に之を作る」とある。古老の大工の話によると昔は鑢の頭部にアサリ出しの芽葉鎈が付いていて、自分で鋸歯を一本一本ひねりながらアサリを出していたが、かなりの熟練を要する。その当時は誰もが芽葉鎈を使っていた。しかし鋸は玉鋼で作られていてねばりがあるので、そのようなアサリ出しができたのであろうが、現代の鋸に芽葉鎈を使ってアサリを出すのは無理のように思えると古老の大工は今も私に言う。 昔、私が大工の見習いの頃には親方は金敷の傾斜した角を上手に使い、両刃鎚(アサリ鎚ともいう)で、すこし鋸歯にひねりを入れながら正確に左右に振り分け、アサリ出しを行なっていた。簡単そうに見えるが、長い経験と正確な手の決まりが要求される。鋸の癖を知り、アサリ出しは自分の髪の毛一本と親方は私によく言った。両刃鎚の頭部にキザが付けられているのは目を叩くと、このキザによって鋸歯一本一本に強い腰が入るからである。 鑢の語源について、古い昔、矢尻を研ぐ道具とも、矢を「する」からとも、「鏃やじり」をこするもの、成形するものという意味からこの名が付けられたのではないかと苅山信行氏は述べている。鉄器の出現によって古い昔から鑢は人間に重要な役割を果たしてきた。また鋸の出現により鑢は不可欠な手入れ道具として表舞台で働く鋸を蔭から支えてきた功労者である。昔の大工は鑢を「本地阿弥陀如来」の化身であると信じ、大切に使ってきた。鋸があの鋭い切れ味で木材を切断できるのは鑢の力があればこそである。古い昔から鑢は大工仕事を支え、数多くの名建築を作り上げた協力者である。しかし鑢は雑工具としか扱われず、擦りちびた身を暗い道具箱の片隅でひっそりと横たえている哀れな大工道具である。 鑢には木工用と鉄工用とがあり、良質の炭素鋼またはクローム鋼で作られているので、炭素の含有量が多く硬質である。現在のところ鑢には500種ほどあるといわれ、数多くの技術者に使用されている重要な道具である。 鑢は目と呼ばれる刃によって分けられていて、目の切り方によって、単目(筋目)、複目(あや目)、鬼目(わさび目)、波目、三段目などの種類に分けられている。また目の粗さによって大荒目、荒目、中目、細目、油目などがある。鑢の形は断面形状によって、平、角、三角、丸、半丸など多くの種類がある。(1)単目とは、一方向にしか目が切られていなく、筋目とも呼ばれる。細かい鋼材の切断や鋸の目立鑢である擦り込み鑢として使われる。インチ鑢とも呼ばれ、単目であるため、押してしか使用できない。昔の雁木鑢も単目である。(2)複目とは、あや目状に2本の目が切られているもので、一般的に使用されている。左上りの切れ刃を下目、右上りの切れ刃を上目と呼ぶ。三段目と呼ぶ鑢は3本の目が切られているので鋸の目立に使用される。この鑢は往復に使用できるので、八寸鋸や九寸鋸の擦り込みや上目擦りに使われ、胴付鋸などは細目の三段目が使われる。また和鑢とも呼ばれ、「大笹刃」「相中刃」「大挽切」「中挽切」「小挽切」などがある。両刃鋸の上目擦りには、少し使い古したものを使用すると鋸が長切れするようである。(3)鬼目と呼ばれる鑢は目を一つ一つ鏨で作り出したもので、トクサ目とも、イバラ目とも、わさび目とも呼ぶ。金属、木材、鉛、アルミなどの軟らかいものに使用する。奈良正倉院の御物である見事な二本の錯やすりも

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