大工道具に生きる / 香川 量平
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(削ろう会会報41号 2007.04.09発行)仕上砥の原石(京都平岡八幡宮絵馬堂に奉納)古代釿を研ぐ著者加藤晴永氏秘蔵の合せ砥石78また砥石組合が毎年10月14日をトイシと読み替えて「砥石の日」と定め、イベントを開催し、鉋の薄削り大会も会場で同時に行ない、私も協力している。 ある大工道具の研究家は刃物の焼入具合や刃鋼の質によって仕上砥石との相性が生まれ、それが研削力に大きく関係する。したがって刃物と刃鋼の質に合わせて十数種の仕上砥石を用意しておきたいと著書で述べている。また道具の研究家である山口昌伴氏は、相性の合った砥石に水を打ちながら刃物を当てていくと、粘結剤に浅く埋まっている砥粒が砥面から離れる。これを遊離砥粒といい固着砥粒との間で砥面に刃物を押し当てて往復すると遊離砥粒が砕けて細粒となり刃面を磨耗させていく。また砥粒が細粒となりつつ粘結剤を掘り減らすので、次々と固着砥粒が遊床して砕けながら研げていくと、「水の道具誌」の中で述べている。天然の合せ砥石は刃物との相性が合えば見事に研ぎ上がり、数ミクロンという削り華を出すことができる。しかし、その相性を見出すまでには鋭い勘と研究が必要で、長い研ぎと削りの経験から生まれるものである。 仕上砥石の砥面を清掃し、滑らかに平面を均し、研ぎ汁を出し、鋼と石の相性を良くするのが「名倉砥」である。三河名倉は約4cm角で、白色のものと縞入りのものとがある。 対馬名倉は黒色でやはり約4cm角に成形されている。長崎県の対馬の海底から採掘されているので割れやすい。糸で縛ってカシュウ(人造ウルシ)などを塗って割れないように養生して使う。アメリカに「アルカンサス」と呼ぶ硬質で緻密な油砥石がある。たいへん優秀な石でアメリカの工業力の礎になったといわれる。クリントン前大統領の出身地の山から産出される。 昔から「女が砥石を跨ぐと割れる」という大工言葉があるが何ら根拠のないことである。しかし砥石は昔から神聖な道具として取り扱われてきたからであろう。それよりも油断して天然の合せ砥石を凍てつかせたらバラバラに剥がれてしまう。女が跨ぐよりその方がよほど恐ろしい。大工の宝として取り扱ってきた京都産の天然合せ砥がもう数十年で在庫が尽きるという噂を耳にするたび、後輩たちに何とか残せないものかと胸の痛む毎日である。

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