四国での地鎮祭84 その37 建築のよもやま話(2) 建築工事で最初に執り行う大切な行事が「地鎮祭」であるが、この大切な祭事を行わない施主がいる。 私の隣の自治会に誰もが寄りつかなかった土地があったが、建売業者によって土地が造成され、「アッ」という間に数軒の借家が出来上り、西側の家に早速、若い夫婦が入居した。古老の自治会長の話によると「あの辺りは昔、小さな寺が建っていたが御燈明の不始末で失火。西側の家は古い墓地の上に建っている」という。一年余り過ぎた頃から西側の借家の女が白昼から裏口辺りで変な仕草をするので近所の主婦たちが、あの女は「蛇神」か「犬神」に取り憑かれていると噂し合った。また、亭主も自治会の若者数人と些細なことで口争いとなり鼻血を出す始末となった。若者が引き上げるとき、「お前の家は古墓の上に建っているので女が『死神』に取り憑かれているのさ」と悪口を言われて、亭主は深い衝撃を受けたのか、数日後その家に見切りをつけ、乱心した女を連れ、自治会長に挨拶もせず、まったく敗残兵のように何処かへ立ち去って行ったという。この話は近年の出来事で実際に起こった話であるが、古い昔から無限の力を持つといわれる「産うぶすなのかみ土神」もその土地に宿る悪霊を祓い清めることができなかったのであろうか。建売業者が最初に大切な「地鎮祭」を執り行ったのだろうか。 讃岐(香川県)では毎年、春と秋の彼岸に「じじんさん」と呼ぶ日が1日ずつある。私が子供の頃には農家の人々はその日は農作業を休み、田畑には入らなかった。「今日は産土神が地中より田畑のあちこちで頭を覗かせて世間を見渡し、天の神と一日中楽しく世間話をするので、田畑に入って神様の頭を踏ん付けでもしたら、その年の作物すべてが不作になるので、お前たちは決して田畑に入ってはならぬ」と子供の頃祖母によく忠告されたものである。 民俗学者の柳田国男氏は産土神について「この神は自分が生まれた土地の神様で、出産の前後を通じて妊産婦と生児とを守ってくれる神様として信仰され、『ウブサマ』『ウブガミ』『オブノカミ』などと呼ぶ。また、氏神の砂を遠くに旅行するとき、守護として懐中する例が多くある」と説明している。私が若い頃、ある古老が「産土神」とは人間の魂であるといい、若い頃から氏神様を深く信仰し、一生涯村のため、人のために尽力した有力者が、この世を去ると魂は村に残り、その後氏神に集まり、氏神より無限の力を戴き、「産土神」になるのだと聞いたことがある。 家を建ててはならないという土地を、四国では「岬」「谷の口」「宮の前」と呼ぶ諺が昔からある。 岬というのは海につき出た山端を意味するが、昔から人間は集団で暮らす性質を持っている。村外れの一軒家は風当たりも強く、そのような土地を岬と呼ぶ。また岬とは三角屋敷だという人がいる。敷地に剣先が二ヶ所もあり、家を建てるにせよ花壇を造るにせよ、使い勝手の悪い土地のことを岬とも呼ぶのだそうだ。 「谷の口」と呼ぶのは土地を造成したとき、谷を埋め立てたところで地盤は軟弱であり、台風などの大雨で鉄砲水や土砂崩れの危険性が高いと忠告した意味である。 「宮の前」というのは言葉の通りで、神社の本殿の真正面に家を建ててはならぬといっている。神社には表参道と裏参道があるが、神はこの参道を通って本殿に出入するのである。しかし参道がない神社が私の隣の町にある。その神社の正面に向かって建っていた家があったが、跡目は絶え、次に建て変わった家は倒産し、次に新築した家も倒産した。その新築した家を購入した人は転落し、現在大怪我をしている。不思議に思い、地図に矩かねを当ててみると諺の通り本殿の真正面にその家が位置しているのに驚いてしまった。家を建てようとする人は必ず地鎮祭を行うことが大事で、その祭礼で「産土神」は神官によって呼び出されるのだが、神様が通る道を妨げるように建てた家は神様にとって不愉快なのであろうか、そんな訳で禍がその家に起きるのかもしれない。 また「神前、寺横」という故事もある。神かみまえ前というのは宮の前と同じ意味であり、寺てらよこ横というのは寺院の西隣辺りの土地を指すが、そのような土地は古い昔か
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