(削ろう会会報46号 2008.05.19発行)火伏の鯉の棟飾り(台湾にて)91を掻いたり、痰や唾を吐くな。用足しを済ませたら早く出ろ。便所の神は「大」を右手で受け、「小」を左手で受けるので、痰や唾を吐かれると口くちで受けなければならないので、便所の神が怒り、口がただれたり、舌先に腫れ物ができたり、歯が痛くなったり、目の病気になるなど数多くの禍が起きるのだという俗説も各地にある。 昔、貴人が私の町の旅館に宿泊するというので、親方と共に便所の増築を数寄屋造りで仕上げた。内部の床は畳敷きで、中央には「金隠し」を取り付け、正面には小さな置床を設えた。金隠しの下は白い砂を敷き詰めて「砂雪隠」という工法で仕上げた。「広辞苑」には砂雪隠とは、茶の湯で露地の内に設けた雪隠。自然石を置き、川砂を盛り、「触そくじょう杖」を添えてある。今では露地の一種の装飾的な存在。飾り雪隠と説明している。「触杖」とは、砂雪隠で糞を砂の上で転がしてまぶし、掻き出す木片のこと。 エジプトには「スカラベ」という甲虫がいる。和名「タマオシ、コガネムシ」と呼ぶ。広辞苑では、古代のエジプト人は糞を玉にして転がす習性から、太陽神の象徴として神聖視され、王族がスカラベをかたどり、印章や指輪や首飾りとして身に付けて護符としたと説明している。また「ジャポニカ」では古代エジプトで用いられた甲虫型の護符を指す。この甲虫を「ケプレル」とも呼んだ。糞を玉にして転がすことから、それを創造の神である「ケベル」の化身と考え、甲虫をかたどった護符を作り、死者の再生と復活を願ったと説明している。このスカラベは砂漠を清掃する立役者で、糞を集め、中に産卵する。しかし、この糞ころがしが王族の護符としてかたどられ、数々の装飾品として用いられたのはなぜだろうか。 私が幼い頃、お月見の頃になると祖母が「お月さんの年いくつ、十三、九つ、十、八つ」などと言い、「雪隠神の年いくつ」「知らん」と言ったら、「49歳」だよと言うので「なぜだ」と言ったら「始終臭い」と言ったので、子供たちが大笑いしたことがあった。田舎の便所は汲み取り式で悪臭を放っていた。祖母は悪臭が消えるのだと言って、便所の近くに「八ツ手」の木を植えさせた。また難を転じ、中風を防ぐのだと言って、南天の木も植えた。祖母は南天の箸が人々に好まれるのは、食べ物の中に毒が隠されていると箸先が真っ黒になり、毒が入っていることが分かるのだと言った。 家には「表神」と「裏神」とがある。表神は座敷の神棚に祀られている天照大神や有名な神社や氏神様であるが、表神で家の主人を代表する「門もんさつがみ札神」とも「門口神」とも呼ばれる神がある。この神は門札の上に座して、家に邪霊を寄せ付けない。門札は玄関に向かって右上部に取り付けるのが吉とされ、中央や左側に取り付けると禍があるという。門札は桧の柾目板とし、廻りの寸法が魯般尺の吉寸とする。「門札に面とるな」と古老が言ったが、面が無いのは葬そうれん殮の道具だけだと言い返した。門札の天場を削るなというのは、家の主人の出世の芽を削り取ることにもなるし、門札の上にいる小さな門札神が滑り落ちるからだと私の親方は言った。 裏神には「井戸の神」「竃かまどの神」「厠の神」「納戸の神」などがあり、裏口から一旦外に出ると「納屋の神」「厩うまやの神」「蔵の神」など、数多くの神がいる。何と言っても一番恐ろしいのが「山の神」だ。この神は古い嬶かかあの呼び名である。昔の古い家には竃屋(台所)に「嬶柱」という黒く煤けた柱があり、背もたれした嬶が若嫁に向かって口喧しく、炊事や洗濯、掃除と指示していたという。 本当の山の神というのは山を支配する神で、浅間神社に祀られている「木このはなのさくやひめ花開耶姫」だという人がいる。昔、山で働く人々は山の神を信仰し、旧暦の12月12日は山の仕事は休み、家で御神酒を供えて山の神を祀る。この日は山の神が狩りをする日だとも、木の種を山に播く日だとも言われ、その日に山に入ると数々の災難が降りかかるのだという俗説がある。
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