96 洋釘は明治のはじめ、西洋から伝えられ、製釘機によって針金を切断して作るので、またたく間に全国に普及した。洋釘は60キロ入りの釘樽に詰められて市売されていた。私の親方はこの釘を「唐人釘」と呼んだ。洋釘の長さの呼び名は西洋の「吋(インチ)」を用い、6分(4分の3吋)から5寸9分(7吋)までで、普通の洋釘は15種となっているが、特殊釘や銅釘などを含めると数え切れない程の種類がある。最近の洋釘はメッキが施されていて錆しらずであり、電動工具の釘打機によって釘打ちがスピード化したものの危険度が増しているので要注意である。また、チタン製の特殊釘が製造されているという。鉄釘は打ち付ける木材の2.5倍から3倍の長さが必要で、木材に打ち付けた釘が抜けないのは「摩擦力」によるものである。 和釘を使用する職種では、古建築に携わる宮大工、舟大工、馬の蹄鉄などが使用している。昔は鉄道のレールを止める「犬釘」などに使用されていた。 宮大工が使用する和釘は松山市の白鷹幸伯氏が有名で、故西岡常一棟梁の指示に従って、飛鳥の釘、白鳳の釘、天平の釘の製作に貢献した名工である。 舟大工が木造船に使う舟釘は扁平な形状で、宮大工が使う釘とは大きく異る。舟釘も舟釘鍛冶が丹精を込めての手造である。長さの呼び名は宮大工が使う釘と同じく「寸」を用いて呼ぶ。瀬戸内の舟釘は大が8寸で5寸からは5分きざみで2寸まである。舟釘の呼び名は全国でまちまちだが瀬戸内の舟釘には三種類の呼び名がある。舟板を縫い合せる「縫釘」と板の上から打ち込んで止める「皆折釘」と棚板を斜に接合する頭付の「通釘」などがある。海水に晒されるので舟釘は「テンプラ」と呼ぶ亜鉛メッキを施した舟釘が一般的に使われた。特注品には銅の舟釘などがある。昔の弁財船などに使われた尺3寸という大きな通釘などもある。大きな木造船の舟板には九州の日ひゅうがべんこうざい向弁甲材と呼ばれる「飫おびすぎ肥杉」の赤味の舟板が使用された。瀬戸内の舟大工は舟板の白太を「ヤセ」と呼び、腐れが早いので取りのけるが、それを「ヤセ払い」と呼ぶ。 舟釘鍛冶は「天あまのまひとつのかみ目一箇神」を鍛冶の守護神として祀るが、この神様は目が一つしかないので、女性が裁縫に使う縫針の神とも呼ばれ、糸を通す穴を目とか耳と呼ぶ。今も針仕事をする女性は針仕事の上達と安全を願い、2月8日と12月8日は針仕事を休み、針供養を行って神に感謝するのだと言い伝えられている。 鉄釘や銅釘の他に木釘や竹釘がある。木釘は良く乾燥した「ウツギ」「ヒバ」「サワラ」「ミズキ」などで作り、高級家具や装飾用の木箱などに使われる。木釘や竹釘には頭と呼ぶ部分がなく、脚は四角か六角などで多角形である。竹釘は天日乾燥させて大鍋の中で良く撹拌しながら焙煎すると竹に含まれている油脂分が自然に溶けて飴色になり、弾力性と耐水性に富む。桧皮用に使う竹釘は長さが約1寸2分から1寸5分で、経は1分5厘である。ヒノキ、マキ、サワラ、栗など杮こけらぶき葺に使う竹釘は長さが約1寸で、経は8厘とし、釘の量を計るのに一升枡を用いている。竹釘や木釘を挽く鋸を釘を挽く鋸と呼んでいる。「杮こけら」という文字が「柿かき」という字に良く似ているので注意されよと忠告してくれたのは島根県の杮葺職人の吉川昌治氏である。 奈良県天理市の黒塚古墳から我が国で最も古いという鉄釘を打った木片が出土した。古墳時代の前期で3世紀の後半から4世紀の初めのもので、鉄釘の使用例としては最も古いとされ、木片は遺体を乗せて運んだ輿の破片であった可能性が高く、貴重な資料といえる。釘は6ヶ所に打たれ、錆びてはいたが、一本が完全な形で、長さが5cmで断面は0.3cmの角形で我が国で最も古い鉄釘の使用例である。 我が国で鉄釘が使われ始めたというのは、4世紀から5世紀の頃とされている。第21代の雄略天皇の時代は、我が国の木造建築の革命的な幕開けの時代で、4世紀の後半であった。朝鮮半島より渡来し、我が国に帰化した新羅系の工匠集団であった「猪いなべのまね名部眞根」は雄略天皇に仕え、数々の建築に携り、その技量は人々から高く評価され、眞根は名匠として名が高く、『日本書紀』に書き残されたのであろう。その当時の鉄釘や建築金物は、朝鮮半島より輸入された「鉄てってい鋌」と呼ぶ鉄の素材を使って作られたと考えられている。鉄鋌とは、古墳時代の長方形の小さな鉄板で、日本書紀に神功皇后46年の条に百済の肖古王が日本の使者に、鉄鋌を40枚与えたという記事がある。 その当時、鉄は大変な貴重品で「貨幣」としての価値があったといわれる。『鉄の古代史』の著者である奥野正雄氏は、朝鮮半島より鉄素材の搬入と併行して、砂鉄を原料として鉄の小規模な生産が我が国の筑前、備前、備中、出雲、但馬、近江などで行われていたと述べている。(削ろう会会報59号 2011.09.05発行)
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