大工道具に生きる / 香川 量平
99/160

円柱粽形の柱根部分99数多くの職種があるが、昔の人々はその職のみで通用する言葉を作って利用した。大工が使う嘘と呼ぶ隠語は木造の古建築に残されている。人様がこの木造建築を目にした時、目の錯覚が起り得るところがある。それを修正しようとする大工の言葉である。昔の大工の棟梁たちは勝れた智恵を持っていた。大きな堂宮建築では外廻りの長い柱を内側にすこし傾けて建築しているが誰もが目の錯覚を修正しているとは気付かず、建物が真すぐ建っているように見え、安定しているように感じる。これを柱の「内転び」と呼ぶ。しかし大工が崇拝する「下げ振り」の神である「天あまのみなかぬしのかみ御中主神(北極星)」も、さぞかし大工の棟梁たちの智恵に驚いていることであろう。 法隆寺の西院回廊や唐招提寺の「円柱」を胴張りと呼び、柱に膨らみを持たせている。遠目から見ると重い重量を支えているが、柱の膨らみによって安定感と安心感がある。西洋風に言えば「エンタシス(entasis)」である。禅宗様や大仏様では、柱の上と下が円弧状にすぼまっているのを「粽ちまき」と呼び、「粽形」とも呼ぶ。西洋のギリシャ、ローマ、ルネッサンスの古代石積建築に見られる胴張りの柱をエンタシスと呼ぶが、古代の人々が最初に作り出した石柱は膨らみを持たなかったので人々が石柱が中細で見ぬくいと言い出したので、その後の石柱には目の錯覚を修正する為、膨らみを持たせたといわれる。しかしこの円柱を「徳利柱」などと呼ぶ人がいるが、我が国の社寺建築は宮大工が精魂こめて作り上げ、神や仏に捧げる神聖な建物であるため、各部材に名付けられている名称のすべてが高尚である。徳利柱などと呼ぶのは不釣合であろう。 堂宮建築では軒反りを美しく見せるため「隅伸び」という技法がある。目の錯覚を修正するためであるが、強い軒反りのある建物では頭貫や台輪を水平に通しても両端が下ったように見えるので両端の柱天端を反らせ、これによって反り上った軒反りを造ることができ、美しく見えるのである。 一般の木造建築にも昔の棟梁たちが目の錯覚を修正しようとする智恵が残されている。入母屋造りの破風付の螻けらば蛄羽を三間梁以上であれば、棟木で棰たるき一本分長くするが、四国では「かぶり」と呼ぶ。これを行わないと、瓦が葺き上り、下から正面を見上げた時、棟の鬼瓦が左に傾き、大変に見ぬくく不格好である為にこの技法を昔から行っている。 また、昔から「道より上はなすく、下はやく」という大工言葉が四国にはある。その意味は道路より上の高台に建てる家の勾配は緩くし、道路より下に建てる家の勾配は急にすべしという言葉であるが、これも目の錯覚を修正しようとするものである。 また和室の棹縁天井なども水平に仕上ると中央部が下ったように見えるので釣上げる。私が大工の見習で入った初めの頃、兄弟子と八帖間の天井板を張っていた中央部のところで兄弟子が親方に向って「釣上げの嘘をいくらにするのか」と聞いている。親方は「棹巾の嘘だ」と言っている。私は二人が何を言っているのか分らず、後で知ったのだが、兄弟子が天井の釣上げ寸法をいくらにするのかと聞いていた。親方は天井棹の巾寸法である八分にしろと言っていたのだ。天井の釣上げ寸法を大工は嘘と呼ぶのである。天井棹は昔から巾が8分で背が9分と決っていて下場の面は2分と

元のページ  ../index.html#99

このブックを見る